『ボブ・ロバーツ』Bob Roberts 92年
「第一回午前十時の映画祭」上映希望アンケート一般投票で堂々第1位に輝いた『ショーシャ
ンクの空に』を、16年振りに劇場で見る事が叶いました。
日本封切は1995年6月3日、ぼくはその一週間後6月10日に(今は無き)東銀座・松竹セン
トラルの大スクリーンで観ました。ジャンル的には脱獄モノで結構陰惨な話なのですが、モー
ガン・フリーマンとティム・ロビンスの主役二人が、漂々とした爽やかさを感じさせました。とりわ
けロビンスは、寡黙かつ孤高でありながら巧まざるユーモアを湛え、随所で見せ場をさらいま
す。
例えば、刑務主任に遺産相続の助言をした見返りに、皆で一緒にビールを飲ませてもらう場
面。或いは、モーツァルト『フィガロの結婚』第三幕「手紙の二重唱」のレコードを勝手に刑務所
内外に流し、その余りの美しさに囚人が皆聴き惚れる場面。私腹をこやす悪徳所長の裏をか
き、まんまと罠にはめる場面等々。
ロビンスはアカデミー助演男優賞を受賞した『ミスティック・リバー』を筆頭に秀作・話題作に出
演する傍ら、相方スーザン・サランドンに主演女優賞をもたらした『デッドメン・ウォーキング』を
製作・監督するなど、この二十年余第一線で旺盛に活動を続けています。今回取り上げる作
品は、そのティム・ロビンスの初監督作品『ボブ・ロバーツ』です。
ティム・ロビンス扮するボブ・ロバーツは政治的野心満々の35歳で、1990年のペンシルバニ
ア州上院議員選挙に立候補します。ロバーツは愛国心を過度に強調する右翼的政治家です
が、その反面外見は非常にスマートでソフィスティケートされていて、この落差がまず面白い
ですね。映画の作りは非常に手が込んでいて、選挙運動をドキュメンタリー風に追うスタイル
は、当然あの『市民ケーン』を彷彿させますし、選挙キャンペーンの一環で制作するビデオ・ク
リップは、ボブ・ディラン「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」(ディランが曲に合わせて歌
詞カードを次々に変えていく、後世に多大な影響を与えた傑作映像)のパロディになっていま
す。マイノリティを攻撃し、60年代の公民権運動やベトナム反戦運動を徹底的に誹謗する、
謂わば Sixties-phobia(60年代嫌い)を標榜しながら、その実選挙運動では60年代のスタイ
ルを踏襲しているのですから、二重三重に仕掛けが施されています。
対立候補のリベラルな政治家に対し選挙戦が劣勢になると、自らが暗殺未遂事件の犠牲者
となります。実はこれはヤラセで、彼を常日頃激しく糾弾していた黒人ジャーナリストを事件の
ドサクサに紛れて犯人にでっち上げて射殺、逆に劣勢を一気に挽回します。この辺りになって
くると、パロディや風刺の域を超え完全に悪夢としかいいようのない世界に踏み込んでいきま
す。
「悪人が善人のように見える。ネオ・ファシストがスマートなミュージシャンのように見える。右
翼がニュー・レフトのように見える。この映画にさまざまな、外見と内容の落差、逆転があり、
それが、この映画の印象を複雑なものにしている。逆にいえば、その複雑な構造を読みといて
いくのが、面白さになっている」
これは、評論家の川本三郎氏が映画公開時に寄稿した批評の一節です(「キネマ旬報」93年
3月下旬号)。「この映画の印象を複雑なものにしている」のは、メディアが現実の奥深くまで
浸食し、虚実の区別が極めて曖昧になっている現実のせいです。この現状は、映画化以降も
悪化の一途を辿っていますが、そういう素材を第一回監督作品で取り上げ、リアリティ溢れる
スリリングな傑作に仕上げたティム・ロビンスの先見の明と才能には、脱帽するのみです。
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