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2010年9月

2010年9月30日 (木)

ルパン三世カリオストロの城を上映します。

福井映画サークル×福井市役所×市民投票=JR福井駅西口芝生公園にてルパン三世カリオストロの城上映になりました。

午後6時から上映予定。雨天中止、無料です。

詳しくはfukuieisa@yahoo.co.jpまで

ふるって参加ください。

なりきりルパンも参加OKですよ!


YouTube: 「ルパン三世 カリオストロの城」予告編

2010年9月22日 (水)

2010年9月号 40 「モンスターズ・インク」

新・身も心も 40 
『モンスターズ・インク』
Monsters, Inc. 2001年

稲葉 芳明
 
7月はいい演奏会、いい芝居、いい映画に出会えて幸福でした。カンブルラン指揮・読売日本交響楽団演奏のマーラー交響曲「大地の歌」(東京芸術劇場大ホール、7月9日)、野田秀樹作・演出『ザ・キャラクター』(東京芸術劇場中ホール、7月10日昼の部)、そして真打ちが『トイ・ストーリー3』です。

冒頭、真っ青な空からカメラがパンしてくると、大平原を疾駆する大陸横断鉄道。そこにウッディ、ジェシー、バズ等お馴染のキャラクターが勢揃いして大活劇を展開。しかし彼らは絶体絶命の窮地に追い込まれ・・・と、ここで「君はともだち」が聞こえてきて、実はアンディ(7歳)が玩具と想像(創造)した「西部劇」の一場面だったことが分かります。冒頭に劇中劇を仕掛けるのは取り立てて珍しい手法ではありません(その典型が「寅さん」)。でもこの劇中劇、後の展開の重要な伏線になってるんですよね~。

第1作が95年、続編が99年、そして何と11年振りの第3作。7歳+11年=18歳となったアンディは、明日我が家を去って大学へ旅立ちます。母親から玩具の整理をせっつかれているアンディは、ウッディやバズも連れていくのか?ここからの展開は見事としか言いようがありません。ウッディ以外の玩具達が「定住」を決めたサニーサイドの驚くべき実態、そこでバービーが出会ったファッション・オタクのケン(大笑)、ひょんなことからウッディを手にする心優しいボニー、リセットされてスペイン語モードになっちゃったバズ(爆笑)、サニーサイドからの脱出(ここでの緻密なサスペンス醸成は、63年の名作『大脱走』に匹敵!)。

そしてクライマックス。絶体絶命の危機にウッディ達が陥った時、彼/彼女達は一体どうするのか?――手を握ります。そう、一言も台詞を口にせず、静かに、されどしっかりと、お互い手を握り合います。それだけでもう、彼らが抱く万感の思いがひしひしと伝わってきます。ぼくはこの映画を二度観て、二度ともこの場面で落涙しました(尤も、その直後に目も覚める鮮やかなツイストがあって涙を笑いに替えてくれるのですが・・・)。

家に戻ったウッディは、或る選択をします。そしてここで観客は、15年間にわたる玩具たちの物語は、実はアンディの成長譚と表裏一体だったことに気づかされるのです。『トイ・ストーリー3』は、これ以外の結末は有り得ないという完璧な形で幕を閉じます。ラストは、冒頭と同じ真っ青な空です。観客は皆、澄み切った空のような晴れやかな思いで、こう心に呟きながら劇場を後にします――「ウッディ、バズ、全ての玩具達、そしてアンディに、末永く幸あれ」と。

*            *

ピクサーはこの15年間で11本の長編アニメーションを製作してきました。アカデミー賞長編アニメ部門に9回ノミネート・5回受賞、世界興収総計は何と56億$!もう驚異の一言です。

さて、読者の皆さんは、『トイ・ストーリー』シリーズを別にすると、一番御贔屓のピクサー作品は何ですか?ベスト・ジブリ作品を選ぶのと同じくらいの難問かも(苦笑)。ぼくは、さんざ逡巡した結果、『モンスターズ・インク』を挙げます。「怪物株式会社」?一体どんな映画なの?と半信半疑で、子供と一緒に2002年3月3日テアトルサンク4で初回を観ました。奇想天外な発想に吃驚、サリーとマイクの漫才さながらの名コンビぶりに拍手喝采、迷い子ブーの運命にハラハラドキドキ、そしてあの胸が切なくなるラストカット!

2012年11月に公開決定した『モンスターズ・インク2』が、今から待ち遠しくて・・・。

散歩道⑨ ~名場面を短歌に~

中島美千代

ガラス戸をへだてて口づけおくりくるは亡きひとひたひた夕べせまりて

昭和二十五年の三月、「また逢う日まで」という東宝映画が封切られた。召集令状を受けて出征する青年と、その恋人の痛ましい青春を描いたものであった。当時の映画フアンなら、この歌を読めばすぐに思い出す場面があるだろう。主演は岡田栄次と久我美子である。戦争を経験した若い人の共感を得たらしい。大ヒットである。またこの年の「キネマ旬報」ベストテンの一位に選ばれた。

このガラス越しの接吻場面は、日本映画の歴史の本にたいてい載っていて、今でも見ることができる。目を閉じてくちびるを寄せてくる久我美子の表情は、官能的というより切ないほどに美しい。

この歌の作者中城ふみ子は、昭和二十九年に『乳房喪失』という短歌五十首で、「短歌研究新人賞」を受賞し、いちやく歌壇の寵児となったのだ。この受賞から一年後に乳がんの再発で亡くなってしまうのだが、彼女の歌は今も鮮度を失わない。
昭和二十年代、映画はまさに黄金期を迎える。ふみ子も熱烈な映画フアンであった。恋人だった人を亡くしたふみ子は、その人を偲びながら映画の名場面を重ねたのだろう。まさに映画は夢である。

戦後、恋愛映画が次々と作られ、米国連合軍に接吻場面のある映画も奨励された。日本人が公然と自分の気持ちを表現したり、行動に移すことが日本社会では制限されていたと判断したからだそうだ。それで民主的恋愛映画が奨励されたというのである。
 
民主的恋愛映画がどうのというのは別にして、昭和二十一年五月に「はたちの青春」が公開され、大坂志郎と磯野道子の接吻場面がアップになると、観客は息をのんで見つめたままだったという。最初の接吻場面の上映である。

ふみ子も接吻場面に衝撃を受けたひとりだったのだろう。「背のびして唇づけ返す春の夜のこころはあわれみづみづとして」と、くちづけの歌を詠むようになる。
 
戦後、恋愛映画が人々の心を捉えていく中で、ふみ子の短歌の世界も変えたようだ。ふみ子はまた別の映画の接吻場面をこんなふうにも詠んでいる。

光たる唾ひきしキスをいつしんに待ちゐる今朝のわれは幼し

 

 

2010年 9月号 ~袖触れ合う人々~

佐野 なおみ

 「袖すり合うも他生の縁」という諺がある。英語でも同じような意味でEven a chance acquaintance is decreed by destiny.(たまたま知り合うも運命による)という言い回しがある。そして、どういうわけかこういった諺はたいがい英文のほうが意味を理解しやすい。

Destiny、運命という言葉はいつのまにか巧妙に日本語の中に入り込んできて、人によってどう解釈するかは別として徐々に私たち日本人にもなじみの言葉となってきたのだ。
それに比べ、運命に対応する他生の縁という言葉は、タショウノエンと発音されることから多少の縁というように全く異なった意味に解してしまっている人が多いのに加え、タショウが多少ではなく他生なのだということがわかったにしても、いったいどれだけの人が他生という言葉の意味を解することができるのだろうか。諺が諺がとして定着としたということは、当時は広汎な地域で通用する言葉であったに違いない。他生は仏教語で、現世を今生と言うのに対し、前世と後世とを含めていう言葉だ。ここで気付くのが「袖すり合うも他生の縁」というのは、見知らぬ人と袖がちょっと触れ合うような些細なできごとでも、それは単なる偶然ではなくて全て前世からの因縁によるものだという意味なのだが、他生という言葉に前世の因縁などという意味は含まれてはいない。

つまり他生も間違いで、本当は多生。これも仏教語で、生き物の宿命として様々なものに何回も生まれ変わることをあらわすのだが、それにしてもこれはなんとやっかいな諺なのだろうか。その昔、多生の縁が他生の縁と間違って使われるようになり、今ではむしろ多少という言葉をあてたほうがしっくりいくような状況になってきてしまっている。輪廻、多生、今生と他生の存在が当たり前のこととして語られた時代が存在したということだけが揺るぎない事実として理解できるのである。ついでに、袖すり合うという表現は袖振り合うとも袖触れ合うとも使われ、微妙に意味が違ってくるようなこないような、いずれにせよ着る物に袂のなくなった現代社会ではつくりだされることのない言葉ではある。諺ひとつを例にとっても、私たちはまことにやっかいな時代に生きているような気がするのだがどうだろうか。先人の言葉を、現在とは状況が違うと知りながらも理解したいと願う人とそうでない人。出会いに何か深い理由を感じる人とそうでない人。
人との関わりの中で生きていける人とそうでない人。様々な人の姿を見るにつけ、いずれにせよ私たちはみな、重くて複雑すぎる脳に苦悩しているのではないかと思うときがある。
 
ゴキブリは一匹では生きていけないという話を聞いたことがあるだろうか。もちろん私の家の台所に、自然状態でゴキブリ一匹だけが棲息しているとは考えにくい。ゼロか多数のどちらかだろう。つまりこれはゴキブリを研究している実験室での話だ。仲間がどんなに近くにいても、透明なアクリル板などで仕切りをつくってしまうと、孤立したゴキブリは棲息条件がどんなに揃っていてもダメゴキブリになってしまうらしい。それが、アクリル板の一部分に羽と羽とが触れ合えるくらいの穴をあけてやると、それだけでダメゴキブリは普通のゴキブリになることができる。ゴキブリは仲間と羽を触れ合わせるだけで、ゴキブリとしてするべき行為を学び合うのだ。もちろんそうやって学び合えるのは原始的な行動だけであって、ゴキブリホイホイやホウ酸団子、コンバット等に近づかないようにといった行動規制をかけ合うことはできないようだが。
 
人間の脳にも、袖がすり合うだけで、人間として生きるべき道を開いてくれるようなスイッチがあればと願うのはわたしだけであろうか。
 
考えるべきことも、やるべきことも次々と出てくるだろう。朝昼夕の食事も、おやつの時間も楽しみだ。けれど、快適な家のトイレで水栓をひねるとき、ゴミ集積所にゴミ袋を置くとき、ホッとすると同時になんともやるせない気分になるのは私だけだろうか。
 
チリチリの砂浜に寝場所をつくって横たわるのが夏一番の幸せだから、八月はどうしても映画館から足が遠のいてしまう。それに加えて、八月封切の映画が少ない気がするのは私だけだろうか。