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2013年6月

2013年6月12日 (水)

新・身も心も 73 『ヘアー』1979年 

今話題のミュージカルを、東京で3本まとめて観劇してきました。奇しくもどれも映画に関係があるので、今月は趣向を変えて演劇&映画のハイブリッド・レヴューと洒落こみましょう。
 

まずは、帝国劇場で4月からロングラン中の『レ・ミゼラブル』。

この作品については、昨年12月に映画『レ・ミゼラブル』が公開された時詳しく御紹介しました(映画サークル誌2013年02月号)。今回の上演版は、演出のみならず美術・衣装・照明・振付まで全て一新しており、映画版はこの新演出版(2009年英国で初演)を忠実に踏襲していたことがよく分かりました。ぼくが観た日のキャストで光っていたのは、和音美桜(ファンテーヌ)、上原理生(アンジョルラス)、谷口ゆうな(マダム・テナルディエ)。ぼくはこのミュージカルは「歌」最重視で観ますので、この3人の歌唱には大満足でした。
 

 続いて劇団四季の新作『リトルマーメイド』(四季劇場 夏)。そう、ディズニーの傑作アニメ『リトル・マーメイド』(1989年、日本公開1991年)の劇場ミュージカル版です。映画公開時には、今までと一味違う能動的で情熱的なヒロイン像や、ハワード・アシュマン作詞&アラン・メンケン作曲による素晴らしい歌曲、ダイナミックなアニメーション技術が大いに話題をよび、この後『美女と野獣』『ライオン・キング』へと至る<ディズニー・ルネッサンス>の嚆矢となった作品です。2008年にブロードウェイで上演され、2012年には欧州公演がスタート。劇団四季はこの欧州版を基にさらに日本独自の工夫を加えたようですが、ぼくの期待を軽く凌駕する、夢のように美しく、ミュージカルならではの楽しい舞台でした。

 開巻、ワイヤを使った華麗で優美なフライング――というか、海中でのスイミング――に、まず魅了されます。カラフルな衣装・美術や、色とりどりのパペット(舞台版『ライオン・キング』をちょっと連想)にも目を引かれます。でも、このお芝居の主役はやはり<歌>。「パート・オブ・ユア・ワールド」「アンダー・ザ・シー」「キス・ザ・ガール」を始めとする名曲に加え、今回の舞台化に際して――アシュマンは『アラジン』の歌曲完成後死去してしまったので――メンケンは作詞家グレン・スレーターをパートナーに迎えて、新たに10曲もの歌曲を書き下ろしています。

ぼくが観劇した日(6月1日、昼の部)は、谷原志音(アリエル)、上川一哉(エリック)、飯野おさみ(セバスチャン)、白木美貴子(アースラ)、芝清道(トリトン)と、劇団四季の実力者・俊英が勢揃いした贅沢なキャスティング。中でも極めつけは谷原志音で、その澄んで伸びやかな美声を活かしたリリック・ソプラノに、エリック王子のみならず満場の観客も一様に<声>の魔法にかけられてしまいました。彼女は、本当に美しい声と卓越した歌唱力の持ち主で、彼女がリードをとる曲はどれもウットリ聴き惚れてしまいます(例えば、‘Part of Your World(reprise)’の最後で1オクターヴ上がる個所など、余りの素晴らしさに鳥肌が立ち、落涙した程)。映画版の魅力に一層磨きをかけ、こうして極上のライヴ・パフォーマンスに昇華したクリエイティヴ・スタッフの力量には、脱帽あるのみですね。

最後は、昨年7月にオープンしたばかりのミュージカル専用劇場東急シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階) で観た『HAIR』。

恥ずかしながら、ぼくが『HAIR』の芝居を観たのは今回が初めてです。初演は1967年、ニューヨークのパブリック・シアターにて。その後数度の手直しを経て、1968年4月29日にはブロードウェイ公演が開始され、1750回の大ロングランを記録。反体制メッセージ、既成のモラルの否定、ロックビートを大きく導入した斬新な音楽等々、従来の「ミュージカル」の概念を大きく打ち破った記念碑的作品です。2000年に新演出で限定公演されたところ、評判が評判を呼び、再演を重ねていくうちに全米および世界ツアーが企画され、今回の日本公演もスタッフ・キャスト全てアメリカ人によるツアーの一環です。

 ベトナム反戦運動が激しさを増す中、このミュージカルが生々しく伝えていたヒッピー・ムーヴメント、フラワー・チルドレン、ラヴ&ピースといった事象は、現在では歴史の一齣に風化してしまいました。しかし、同時代的アクチュアリティは失っても、愛と平和を希求し、自由を渇望する若者の理想・精神は、‘Aquarius’や‘Let the Sunshine In’といった名曲を媒介とすることで、21世紀の今日に見事に蘇っています。

 『HAIR』はミロシュ・フォアマン監督の手で、一度映画化されています(日本公開1980年4月)。スコア・楽曲は同一ですが、物語はかなり改変しており、ラストも原作(芝居)とは大きく異なります。NYロケを活かしたダイナミックな撮影、トゥワイラ・サープの振付は見応え十分でしたし、何と言ってもこの音楽の魅力には抗しがたいものがあります。生の舞台はなかなか見られない・・・という人には、その音楽の素晴らしさに触れるために是非一見の価値ありと、大推薦しておきます。

 最後に、オマケを一つ。ディズニーランド開園30周年記念にリニューアルされた “STAR TOURS THE ADVENTURES CONTINUE” は、噂通りのスグレもの。余りの面白さに、ぼくは2回続けてライドしました。

全『スター・ウォーズ』ファンよ、ForceをTDLで体感せよ!

(稲葉芳明)

2013年6月 3日 (月)

映画を浴びて 2013年6月号

孤高の人 ~レオナール・フジタと清遠和政~ 

ゴールデンウイーク前半のその日、金沢21世紀美術館に行く時間が取れた。

行って見たいと思って久しいのだが、これまでなかなか時間が取れなかった。連休が始まったとはいえ、北陸自動車道はそれほど混んでおらず、心地良い風と新緑の中、私は車を飛ばした。途中、尼御前サービスエリアに立ち寄り、併設のコンビニで珈琲を頼んだ。最近、これまで珈琲好きだった妻の体質が変わり、もっぱら紅茶を飲むようになったせいで、家で一緒に珈琲をたてて飲む習慣が絶え、私は一人コンビニの淹れたて珈琲を楽しむようになっていた。一人で喫茶店に入るのは億劫だが、コンビニなら手軽だ。ついでに塩味のスナック菓子も買って、屋外の木製のガーデンチェアーに座り至福の一杯を楽しんだ。

金沢市広坂にある市役所との共用の地下駐車場に車を止め、エレベーターで美術館1階へ上がると、箱根のポーラ美術館のコレクションを中心に「レオナール・フジタ(藤田嗣治)展」が開催されていた。フジタは、27歳のときパリに渡り、モンパルナスでエコール・ド・パリの一員としてモリディアーニやピカソやアンリ・ルソー、キスリングなどと交流を深め、乳白色を基調とし繊細な筆遣いのその画風は、西洋画壇から高い人気を得た。

しかし、戦時中日本に戻り、国の要請を受け戦争画を多く描いたことから、戦後は戦争協力者とのレッテルを貼られ、欧州で成功した彼への羨望混じりの激しい非難中傷を受け、これに嫌気がさした彼は、昭和24年、「日本画壇は早く国際水準に到達して下さい」との言葉を残してパリに発ち、二度と日本に戻ることはなかったという。

今回の作品展は、猫とともに描かれた「自画像」や「裸婦」はじめ、働く子供の絵など170点の作品が展示され、フジタの対象へのやさしいまなざしを感じとることができた。

高知県の元職員、清遠和政もまた、かつて、県の活性化のための観光プラン「パンダ誘致論」をぶち上げ、その飛び抜けた着想と一徹な主張に幹部や周辺職員の反感をかい、県庁を辞めた男だ。

清遠は、有川浩原作の「県庁おもてなし課」に登場する架空の人物である。有川によるとこの小説を書くきっかけは、高知県出身の彼が県の観光大使の要請を受けたことにはじまる。知人に「高知はいいとこゼヨ」と言って回るのもいいが、作家の自分にできることは何かと考えた結果、この小説を書くことになったと聞く。

映画化は、有川作の「阪急電車」でもタグを組んだ岡田惠和(脚色)と三宅喜重(監督)で行われ、高知県のあちこちでロケが行われたという。ある日、県庁のおもてなし課に観光大使第1号となった地元出身の人気小説家吉門喬介(高良健吾)から電話が入ってくる。「県の観光大使を引きうけたがその後なんの連絡もない。君たちにはミンカンカンカクがないのか。」と職員のスピード感のない対応を揶揄し、外部から若い女性を加え、清遠(船越英一郎)を計画の推進メンバーに加えるようアドバイスしてくる。

清遠の過去を知らないおもてなし課職員掛水史貴(錦戸亮)とアルバイト採用で新メンバーに加わった明神多紀(堀北真希)の二人は、清遠を訪ねて行くが、清遠の娘からいきなり水をぶっ掛けられてしまう。

この映画の見所は、掛水や多紀の恋愛模様もさることながら、なんといっても、あまりにも日本的で村八分をやめられない幹部職員と、秀でた意見を持つ男清遠との対決だ。

PS
6月2日、県立歴史博物館で開かれていた「だるま屋百貨店の写真展」が最終日を迎えた。行ってみて、だるま屋の創業者の坪川信一氏が福井で百貨店専属の「少女歌劇団」を作り運営していたことを知った。歌劇団は信一氏がその寄宿舎を自費で立てるなど、採算を度外視したものであったらしい。地方にあって百貨店所属の少女歌劇団は全国的にも例がなく、今考えるとこれが福井における文化藝術の夜明けになったように思う。その後、父の意思を受け継いだ長男の健一氏は、当「福井映画サークル」の初期の執筆者として貢献された。歴史の中で改めて「福井映画サークル」の重みを感じた 。   (やまうちかずし)

散歩道⑭ カンヌ国際映画祭のニュースは、私にとって書評のようなものであった。

毎年、冬は永いと思う。北海道に比べれば春は早く来る。しかし私は福井に住んでいるのだから、やはり冬は永いと思うのである。
 

冬の間、仕事も生活もしているけれど、気分は冬眠である。ようやく春が来たら、今度は花粉症で、桜も菜の花も愛でることができない。

 その春も終わり、いよいよ活力に満ちた生活ができると思ったときは、
もう五月。一年の半分近くが過ぎているではないか。私は焦ってしまう。
あと半年でまた冬眠の季節が来てしまう。だから、やりたいことがどっと溢れてくるのだ。何から手をつけたらいいかもわからない。まるで雪解けの洪水である。

そんなある日、第66回カンヌ国際映画祭で、『そして父になる』がエキュメニカル賞特別表彰を受けたというニュースをテレビで見たら、何かしら心が躍った。そうだ、私はやりたいこともいっぱいあるが、映画も観たいのである。このニュースは冬眠から覚め、花粉症からも解放された私にとって、読書のきっかけになる書評のようなものだった。

 私は新聞や雑誌の書評欄を読むのを楽しみにしている。書評を参考に本を買うことが多い。書評とは全く違う読み方をするときもあるし、がっかりすることもある。それでも書評は本を読みたいという気持ちにさせてくれるのだ。これは「子どもの取り違えという出来事に遭遇した二組の家族を通して愛や絆、家族といったテーマを感動的に描くドラマ」だそうだ。
 

そういえば、昔は産院で子どもの取り違えがよくあった。テレビや新聞でニュースを見聞きするたび、何と苛酷な運命があるのだろうと思ったものだ。現在ではさすがにないようだが。

 だから「子どもの取り違え」に今頃という気もしないではないし、タイトルからストーリーも想像はつく。でも観てみたい気持ちになった。私は今、アクションものでもなく、ラブストーリーでもなく、感動できる映画が観たい。『そして父になる』に感動できるかどうかはわからない。しかし書評と同じでハズレもアリだからいいではないか。

 冬眠からはっきり目覚めた今、まずは感動する映画が観たいと思うのである。(中島美千代)