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2013年6月 3日 (月)

映画を浴びて 2013年6月号

孤高の人 ~レオナール・フジタと清遠和政~ 

ゴールデンウイーク前半のその日、金沢21世紀美術館に行く時間が取れた。

行って見たいと思って久しいのだが、これまでなかなか時間が取れなかった。連休が始まったとはいえ、北陸自動車道はそれほど混んでおらず、心地良い風と新緑の中、私は車を飛ばした。途中、尼御前サービスエリアに立ち寄り、併設のコンビニで珈琲を頼んだ。最近、これまで珈琲好きだった妻の体質が変わり、もっぱら紅茶を飲むようになったせいで、家で一緒に珈琲をたてて飲む習慣が絶え、私は一人コンビニの淹れたて珈琲を楽しむようになっていた。一人で喫茶店に入るのは億劫だが、コンビニなら手軽だ。ついでに塩味のスナック菓子も買って、屋外の木製のガーデンチェアーに座り至福の一杯を楽しんだ。

金沢市広坂にある市役所との共用の地下駐車場に車を止め、エレベーターで美術館1階へ上がると、箱根のポーラ美術館のコレクションを中心に「レオナール・フジタ(藤田嗣治)展」が開催されていた。フジタは、27歳のときパリに渡り、モンパルナスでエコール・ド・パリの一員としてモリディアーニやピカソやアンリ・ルソー、キスリングなどと交流を深め、乳白色を基調とし繊細な筆遣いのその画風は、西洋画壇から高い人気を得た。

しかし、戦時中日本に戻り、国の要請を受け戦争画を多く描いたことから、戦後は戦争協力者とのレッテルを貼られ、欧州で成功した彼への羨望混じりの激しい非難中傷を受け、これに嫌気がさした彼は、昭和24年、「日本画壇は早く国際水準に到達して下さい」との言葉を残してパリに発ち、二度と日本に戻ることはなかったという。

今回の作品展は、猫とともに描かれた「自画像」や「裸婦」はじめ、働く子供の絵など170点の作品が展示され、フジタの対象へのやさしいまなざしを感じとることができた。

高知県の元職員、清遠和政もまた、かつて、県の活性化のための観光プラン「パンダ誘致論」をぶち上げ、その飛び抜けた着想と一徹な主張に幹部や周辺職員の反感をかい、県庁を辞めた男だ。

清遠は、有川浩原作の「県庁おもてなし課」に登場する架空の人物である。有川によるとこの小説を書くきっかけは、高知県出身の彼が県の観光大使の要請を受けたことにはじまる。知人に「高知はいいとこゼヨ」と言って回るのもいいが、作家の自分にできることは何かと考えた結果、この小説を書くことになったと聞く。

映画化は、有川作の「阪急電車」でもタグを組んだ岡田惠和(脚色)と三宅喜重(監督)で行われ、高知県のあちこちでロケが行われたという。ある日、県庁のおもてなし課に観光大使第1号となった地元出身の人気小説家吉門喬介(高良健吾)から電話が入ってくる。「県の観光大使を引きうけたがその後なんの連絡もない。君たちにはミンカンカンカクがないのか。」と職員のスピード感のない対応を揶揄し、外部から若い女性を加え、清遠(船越英一郎)を計画の推進メンバーに加えるようアドバイスしてくる。

清遠の過去を知らないおもてなし課職員掛水史貴(錦戸亮)とアルバイト採用で新メンバーに加わった明神多紀(堀北真希)の二人は、清遠を訪ねて行くが、清遠の娘からいきなり水をぶっ掛けられてしまう。

この映画の見所は、掛水や多紀の恋愛模様もさることながら、なんといっても、あまりにも日本的で村八分をやめられない幹部職員と、秀でた意見を持つ男清遠との対決だ。

PS
6月2日、県立歴史博物館で開かれていた「だるま屋百貨店の写真展」が最終日を迎えた。行ってみて、だるま屋の創業者の坪川信一氏が福井で百貨店専属の「少女歌劇団」を作り運営していたことを知った。歌劇団は信一氏がその寄宿舎を自費で立てるなど、採算を度外視したものであったらしい。地方にあって百貨店所属の少女歌劇団は全国的にも例がなく、今考えるとこれが福井における文化藝術の夜明けになったように思う。その後、父の意思を受け継いだ長男の健一氏は、当「福井映画サークル」の初期の執筆者として貢献された。歴史の中で改めて「福井映画サークル」の重みを感じた 。   (やまうちかずし)

コメント

やまうちさん、ありがとうございます。
だるまやの話、僕も知りませんでした。
福井映画サークル恐るべし(笑)ですね。
福井人の思いが詰まったサークル。大切にしたいですね。

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