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2014年9月24日 (水)

新・身も心も 87 『イーダ』とモーツァルト

稲葉芳明

ポーランド映画『イーダ』(Ida, 2013)は小品ながら静謐な美しさを湛え、惻々として胸に迫ってくる秀作である。

1962年、社会主義時代のポーランド。
イーダ(アガタ・チュシェブホスカ)は戦争孤児として修道院で育てられる。修道女になる日が迫ってきたある日、院長から、音信不通だった叔母ヴァンダ(アガタ・クレシャ)が戦争を生き延びて暮らしていると知らされる。イーダが会いに行くと、判事を務める叔母は酒と行きずりの情事に溺れる日々を過ごしていた。
二人は、イーダの両親が殺された事情を詳らかにすべく、叔母の車で遠く離れた寒村まで赴く。そこで二人は、イーダの両親のみならず叔母の幼い息子までもが惨殺された過去を知ることになる・・・。

パヴェウ・パヴリコフスキ監督は1957年ワルシャワ生まれだそうだが、本作は、1950~60年代に世界を席巻した “ポーランド派” 映画にオマージュを捧げつつ撮ったと思しき作風である。ぼくは二十代の頃、アンジェイ・ワイダ監督『灰とダイヤモンド』(1958年)、イエジー・カヴァレロヴィッチ監督『夜行列車』(1959年)、ロマン・ポランスキー監督『水の中のナイフ』(1962年)といった “ポーランド派” の傑作にリバイバルで接しているが、これらの作品群と相通じるものを『イーダ』にも感じ取った。その共通項とはうら寂しい風景であり、切ない孤独感であり、そして何ともやるせない人生の辛さである。
モノクロ・スタンダード(1:1,33)という二世代前の古典的フォーマット、ストイックで虚飾を排した画面構図、断片的モンタージュ、ミニマリズム的プロットによって、第二次大戦中にポーランドが被った悲劇と加害者としての罪を、淡々とした筆致で掘り起こしていく。そのアプローチは、声高に相手を糾弾するデマゴーク的姿勢の対極にあり、寡黙で誠実な姿勢を貫いているが故に観客の胸により深く迫ってくる。

旅の途中、イーダはホテルで一人のサックス奏者と出会う。彼は徴兵を逃れ、ジャズをこよなく愛している。社会主義の教条からすれば、ジャズは唾棄すべき堕落した頽廃的音楽ということになるが、イーダはジャズとこの若者にふっと心惹かれ、これが契機となってイーダの生と性に「目覚め」が生じる。
映画では、二つの音楽が印象的に挿入されている。一つはモーツァルト:交響曲第41番《ジュピター》、もう一つはジョン・コルトレーン「ネイマ」(John Coltrane Naima:コルトレーンが1960年に発表したアルバム “Giant Steps” に収録されたジャズ・バラードの名曲)――好対照のこの二曲が、映画では重要なモチーフとなる。全くの私的見解だが、《ジュピター》は叔母が属してきた旧世界および審美観を、「ネイマ」は西側の自由と精神の解放を象徴しているのではないか、という感じがした。さらに《ジュピター》は、『イーダ』終盤の或る重要な場面で流れるのだが、モーツァルトならではの典雅な響きと事件の衝撃との落差の大きさが、極めてショッキングであった。

とここで、《ジュピター》にインスパイアされ、モーツァルトの楽曲が流れた映画をあれこれ思い起こしてみた。
アニエス・ヴァルダ監督『幸福』(Le Bonher, 1965)は、絵に描いたような幸福な家庭の奥に潜む残酷なエゴイズムを描いた傑作だったが、美しい映像と『クラリネット五重奏曲』が怖いほど合っていた。
モーツァルトというと明るい曲調のものが多いが、ルキノ・ヴィスコンティ監督『家族の肖像』(Conversation Piece, 1974)で流れた『ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲』第2楽章の深く哀切な響きは、バート・ランカスター演ずる老教授の心境を象徴しているようだった。
モーツァルトの数多い作品の中で、天上のような美しさで一、二を争うのが『クラリネット協奏曲』。その第2楽章が流れた映画が、シドニー・ポラック監督『愛と哀しみの果て』(Out of Africa, 1985)で、アフリカの広大な大地とモーツァルトが不思議とよく似合った。
オペラも紹介しておこう。フランク・ダラボン監督『ショーシャンクの空に』(The Shawshank Redemption, 1994)で、囚人ティム・ロビンスが管理棟から所内に流した曲は、歌劇『フィガロの結婚』第3幕「手紙の二重唱」。皆一様に恍惚の表情を浮かべてこのアリアに聞き入る情景は、映画史上に残る名場面だった。
最後は、ミロシュ・フォアマン監督『アマデウス』(Amadeus, 1984)。モーツァルトが準主役なのだから、モーツァルトの楽曲が流れるのは当たり前なのだが、その殆どは演奏場面で聞こえてくる。その例外の一つが『交響曲第25番』第1楽章で、サリエリが自殺未遂をする冒頭でオープニング・クレジットと共に導入され、観客に鮮烈な印象を与えた。

では最後にクイズを一つ。
映画開巻、“What can you say about a 25-year-old girl who died? That she was beautiful and brilliant? That she loved Mozart and Bach? The Beatles? And me?”という主人公が独白する作品は何か?

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――答え、アーサー・ヒラー監督、ライアン・オニール主演『ある愛の詩』(Love Story, 1970)。

20148

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