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2014年2月 6日 (木)

2014年2月封切

 

メトロ劇場

2月上映作品 ●パッション(R15+)●ランナウェイ 逃亡者(2月7日まで)

2月 1日~2月14日 トランス(R15+)

2月 8日~2月21日 ルートヴッヒ

2月15日~2月28日 もうひとりの息子 

2月15日~2月28日 麦子さんと

2月22日~3月 7日 母の身終い

2月22日~3月 7日 セッションズ(R18+)      

テアトルサンク

2月上映作品

●かぐや姫の物語 ●TRICK-劇場版-ラストステージ●ジャッジ!●エンダーのゲーム●黒執事 ●小さいおうち●アメリカン・ハッスル●ルパン三世 VS 名探偵コナン THE MOVIE●カノジョは嘘を愛しすぎている

2月封切作品

2月 1日 マイティー・ソー:ダーク・ワールド(3D字)

2月 7日 ラッシュ プライドと友情(字幕版)

2月 7日 スノーピアサー

2月14日 エージェント:ライアン

2月15日 ゼロ・グラビディ 3D字幕版

2月15日 土竜の唄 潜入捜査官 REIJI

2月22日 鑑定士と顔のない依頼人

2月28日 ホビット 竜に奪われた王国

福井シネマ

●獣電戦隊キョウリュウジャーVSゴーバスターズ 恐竜大決戦! さらば永遠の友よ ●利休にたずねよ(2月7日まで)●清州会議●永遠の0

2月 1日 抱きしめたい ―真実の物語

2月 1日 僕は友達が少ない

2月 8日 BUDDHA2 手塚治虫のブッダ-終わりなき旅-

福井コロナシネマワールド

2月上映中作品 

●劇場版「ペルソナ3」第1章●キューティー&ボクサー ●小さいおうち●マイヤーリング 字幕 ●ゲノムハザード ある天才科学者の5日間 ●エンダーのゲーム (字幕&吹替)●獣電戦隊キョウリュウジャーVSゴーバスターズ 恐竜大決戦! ●黒執事 ●ジ、エクストリーム、スキヤキ●ジャッジ!●大脱出 字幕 ●プレーンズ(吹替)●武士の献立●ゼロ・グラビティ 3D 吹替 ●利休にたずねよ●キャプテン・フィリップス ●キャリー

2月封切作品

2月 1日 マイティー・ソー:ダーク・ワールド 

2月 1日 MIA

2月 1日 ゆるせない、逢いたい。

2月 1日 モラトリアム たま子

2月 7日 ラッシュ プライドと友情 (字幕&吹替版)

2月 8日 BUDDHA2 手塚治虫のブッダ-終わりなき旅-

2月 8日   劇場版 TIGER & BUNNY ‐The Rising

2月 8日 DRAGON FORCE

2月 8日 セブンデイズ・リポート

2月14日 エージェント:ライアン

2月15日 THE ICEMAN 氷の処刑人

2月15日 神様がくれた娘

2月15日 大統領の執事の涙

2月22日 劇場版 仮面ティーチャー

2月22日 ジョバンニの島

2月22日 キック・アス ジャスティス・フォーエバー (R15+)

2月28日 ホビット 竜に奪われた王国

鯖江アレックスシネマ

2月公開作品 ●小さいおうち●黒執事●エンターのゲーム●獣電戦隊キョウリュウジャーVSゴーバスターズ 恐竜大決戦! さらば永遠の友よ ●TRICK トリック -劇場版- ラストステージ●ジャッジ! ●かぐや姫の物語 ●ルパン三世 VS 名探偵コナン THE MOVIE ●永遠の0 ●HUNTER×HUNTER-The LAST MISSION

2月封切作品

2月 1日 抱きしめたい ―真実の物語―

2月 1日 マイティ・ソー/ダーク・ワールド(2D字幕版)

2月 7日 ラッシュ/プライドと友情 (字幕版&吹替版/PG12)

2月 8日 BUDDHA2 手塚治虫のブッダ-終わりなき旅-

2月14日 エージェント:ライアン 

2月15日 土竜(モグラ)の唄 潜入捜査官 REIJI

2月22日 キック・アス ジャスティス・フォーエバー(R15+)

2月28日 ホビット 竜に奪われた王国

敦賀アレックスシネマ

2月封切作品

●黒執事 ●TRICK トリック -劇場版- ラストステージ●かぐや姫の物語 ●ルパン三世 VS 名探偵コナン THE MOVIE●永遠の0

2月 1日 抱きしめたい ―真実の物語―

2月 1日 マイティ・ソー/ダーク・ワールド(2D字幕版)

2月 7日 ラッシュ/プライドと友情 (字幕版&吹替版/PG12)

2月14日 エージェント:ライアン 

2月15日 土竜(モグラ)の唄 潜入捜査官 REIJI

2月28日 ホビット 竜に奪われた王国





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2013年8月20日 (火)

映画を浴びて 2013年 8月 映画評と雑感

今年の夏は、降ったり照ったり予測不能な空模様、異常気象を、はるかに通り越したもの
だ。夏蕎麦を食しながら見上げる空と洒落込むつもりはないが、こんな時は映画もやはり
喉越しのいいものがいい。

ウォルター・ヒルの「バレッド」をみた。10年ぶりという作品。昔みた「48時間」を思い出した。ニック・ノルテイとエデイ・マーフイの白人刑事と黒人服役囚のコンビで捜査に当たるのだが、このコンビの掛け合いが絶妙で忘れられない。硬派と軟派のテンポのいい凹凸コンビで快調に進められてゆく。男の心意気と友情、味のある演出であったが、何といってもアクションシ-ンの画面の向こう側から観客に向かって破壊されてゆくものの声にならないメッセ-ジ、まさに個が解体されてゆく大写しのスロ-モ-ションやストップモ-ションの多用によるあの身を投げだすようなのしかかるな映像の魅力。そんな激しい迫りぐあいが快感がヒル映画の専売特許であったのだ。当時それは今でいう3Dのような迫力と恐れを感じたものであった。

「バレット」は、人生に少し疲れた殺し屋のスタロ-ンが若い刑事と組んで悪徳刑事と対決する構図である。「48時間」の逆である。殺し屋と刑事、追うものと終われるものが一緒になって事に当たる。単純でいいし疲れないし判りやすいのが味噌。国家と自我、組織と彼我、社会の仕組みがみ見えやすい二元論で切るつもりはないが。女気のなさは流石である。

夏は暑い、しのぎいい涼しい場所は何処かと、映画館をさまよって歩くに決まっている。
彼の映画作りには暑い女優は無用なのか。扱いが今もって味も素っ気もない。又これもい
いのであろう。気を遣うのが下手である。それに面倒なのであろうか。こんな監督が一人
くらい居てもいい。

そういえば黒澤明監督の「用心棒」のリメイクが「ラストマン・スタンデング」であっ
たが、用心棒のブル-ス・ウイルス、ひたすらなマッチョ役。あの中でも人質の女性の扱
いの乱暴さは、やはり下手一品であった。この辺で色物が欲しいのだが。という場面で、
ないのだから立派。ひたすら生きるか死ぬかの銃撃戦、無機的な死と有機的な死の積みか
さねに。寂しい心意気が吹いていた。

例えば「48時間」のニック・ノルテイとエデイ・マーフィのようなコンビのキャラクタ-が生きていない。あの二人には俳優としての色気があったが。スタロ-ンは女優が絡まないと自分では色気が出せない俳優なのかも知れない。例えば「暗殺者」という映画の中でのスタロ-ンはよかったな。監督はリチャ-ド・ドナ-であった。ナンバ-ワンを競う二人の殺し屋。アントニオ・バンデランスが飛びぬけて色気ある敵役で好演、対するク-ルで言葉少ないスタロ-ンがまぶしく光っていたのが忘れられない。1995年の作品だった。誰とどのようにコンビを組むかで映画も物語も変わるものだとつくづく思った。俳優スタロ-ンには年輪を重ねた色気がないのであろうか。これは発見だ。衰弱のみが進行している役者は寂しい。無残である。俳優は映画という荒野の中で晒されて生き、荒野の中で晒されて死んでゆく。それでいいのかも知れない。荒野は大衆なのだから。人生も然りであろうか。《虚実皮膜の精神」。生もまた見知らぬ荒野である。旅はどんなコンビと組むか組んだか、が終生の問いである。1本の映画の彼方には常にそんな人生の問いかけが見える。シナリオライタ-造る人、演じる人。

(川上明日夫)

2013年6月 3日 (月)

映画を浴びて 2013年6月号

孤高の人 ~レオナール・フジタと清遠和政~ 

ゴールデンウイーク前半のその日、金沢21世紀美術館に行く時間が取れた。

行って見たいと思って久しいのだが、これまでなかなか時間が取れなかった。連休が始まったとはいえ、北陸自動車道はそれほど混んでおらず、心地良い風と新緑の中、私は車を飛ばした。途中、尼御前サービスエリアに立ち寄り、併設のコンビニで珈琲を頼んだ。最近、これまで珈琲好きだった妻の体質が変わり、もっぱら紅茶を飲むようになったせいで、家で一緒に珈琲をたてて飲む習慣が絶え、私は一人コンビニの淹れたて珈琲を楽しむようになっていた。一人で喫茶店に入るのは億劫だが、コンビニなら手軽だ。ついでに塩味のスナック菓子も買って、屋外の木製のガーデンチェアーに座り至福の一杯を楽しんだ。

金沢市広坂にある市役所との共用の地下駐車場に車を止め、エレベーターで美術館1階へ上がると、箱根のポーラ美術館のコレクションを中心に「レオナール・フジタ(藤田嗣治)展」が開催されていた。フジタは、27歳のときパリに渡り、モンパルナスでエコール・ド・パリの一員としてモリディアーニやピカソやアンリ・ルソー、キスリングなどと交流を深め、乳白色を基調とし繊細な筆遣いのその画風は、西洋画壇から高い人気を得た。

しかし、戦時中日本に戻り、国の要請を受け戦争画を多く描いたことから、戦後は戦争協力者とのレッテルを貼られ、欧州で成功した彼への羨望混じりの激しい非難中傷を受け、これに嫌気がさした彼は、昭和24年、「日本画壇は早く国際水準に到達して下さい」との言葉を残してパリに発ち、二度と日本に戻ることはなかったという。

今回の作品展は、猫とともに描かれた「自画像」や「裸婦」はじめ、働く子供の絵など170点の作品が展示され、フジタの対象へのやさしいまなざしを感じとることができた。

高知県の元職員、清遠和政もまた、かつて、県の活性化のための観光プラン「パンダ誘致論」をぶち上げ、その飛び抜けた着想と一徹な主張に幹部や周辺職員の反感をかい、県庁を辞めた男だ。

清遠は、有川浩原作の「県庁おもてなし課」に登場する架空の人物である。有川によるとこの小説を書くきっかけは、高知県出身の彼が県の観光大使の要請を受けたことにはじまる。知人に「高知はいいとこゼヨ」と言って回るのもいいが、作家の自分にできることは何かと考えた結果、この小説を書くことになったと聞く。

映画化は、有川作の「阪急電車」でもタグを組んだ岡田惠和(脚色)と三宅喜重(監督)で行われ、高知県のあちこちでロケが行われたという。ある日、県庁のおもてなし課に観光大使第1号となった地元出身の人気小説家吉門喬介(高良健吾)から電話が入ってくる。「県の観光大使を引きうけたがその後なんの連絡もない。君たちにはミンカンカンカクがないのか。」と職員のスピード感のない対応を揶揄し、外部から若い女性を加え、清遠(船越英一郎)を計画の推進メンバーに加えるようアドバイスしてくる。

清遠の過去を知らないおもてなし課職員掛水史貴(錦戸亮)とアルバイト採用で新メンバーに加わった明神多紀(堀北真希)の二人は、清遠を訪ねて行くが、清遠の娘からいきなり水をぶっ掛けられてしまう。

この映画の見所は、掛水や多紀の恋愛模様もさることながら、なんといっても、あまりにも日本的で村八分をやめられない幹部職員と、秀でた意見を持つ男清遠との対決だ。

PS
6月2日、県立歴史博物館で開かれていた「だるま屋百貨店の写真展」が最終日を迎えた。行ってみて、だるま屋の創業者の坪川信一氏が福井で百貨店専属の「少女歌劇団」を作り運営していたことを知った。歌劇団は信一氏がその寄宿舎を自費で立てるなど、採算を度外視したものであったらしい。地方にあって百貨店所属の少女歌劇団は全国的にも例がなく、今考えるとこれが福井における文化藝術の夜明けになったように思う。その後、父の意思を受け継いだ長男の健一氏は、当「福井映画サークル」の初期の執筆者として貢献された。歴史の中で改めて「福井映画サークル」の重みを感じた 。   (やまうちかずし)

2013年3月28日 (木)

映画を浴びて 2013年4月

解析「東京家族」&私の「東京物語」 

 その日、見たいと思っていた映画「東京家族」が公開から一ヶ月を過ぎようとしていた。というのも1月末から2月にかけ親戚の法事や趣味の会合が重なり、見に行く時間がとれなかったからだ。午後から福井映画サークルの会合がある2月17日の朝、ようやくその願いがかなった。

「東京家族」は、山田洋次監督が敬愛する小津安二郎監督の名作「東京物語」をモチーフに現代風にアレンジした映画で、大筋のストーリーは変わらないが、時代背景から登場人物の一部が変更、集約されている。

 瀬戸内海を臨む田舎から出てきた老夫婦が、都会に住み家庭を築いている子供たちを訪ねて歩く旅の中で、親の思いと子の思いのずれを描いている。このテーマは国や時代が変わっても理解できる普遍的なものである。

 あらためて、二つの作品を比べてみよう。モチーフとなった小津監督の「東京物語」は1953年を舞台に展開される。尾道に住む老夫婦平山周吉と、とみに5人の子供がいる設定だ。町医者となった長男幸一、美容師の長女志げ、戦争で亡くなった次男昌二の妻紀子が東京にいて、大阪に三男の敬三、尾道の実家にはまだ嫁に行かない次女京子が父母と住んでいる。

山田監督の「東京家族」は、2012年を舞台にし、ふるさとは瀬戸内海の小島として描かれ、母の名は、とみこ、父や長男、長女はそのままで、次男は昌次として生きて登場し、その彼女が紀子という設定になっていた。兄弟の数は、いまどきに合わせ、兄姉弟の3人である。
幸一が東京にやって来た父と母を連れ横浜見物に出かけようとした矢先、「東京物語」では急患で往診してほしいと玄関先に先生(幸一)を迎えにやってくる。また、「東京家族」では往診依頼は電話で掛かってくる。昭和の人と人の絆が、平成の今、便利さの中で冷めてしまったことを感じた。

また、どちらの作品も周吉は72歳、とみこ(とみ)は68歳の設定だが、「東京物語」の笠智衆と東山千栄子は老け込んだ様子で作成されていたのに対し、橋爪功と吉行和子演ずる二人はいまどきのアラセブン(アラウンド・セブンティ)として若い印象を受けた。

 また、「東京物語」の紀子(原節子)は肉付きがよくたくましいのに比べ、平成の紀子(蒼井優)は手足が細い。特に考慮したものかどうかわからないが、丈夫で働きものの女性像が、平和で豊かな時代の女性像に替えられていた。

 忙しさの中で自分たちでは父と母を見てやれないと考えた滋子(志げ)と幸一は、都会に住む者の感覚で、父と母を「温泉に招待」しようということになった。この温泉は熱海温泉の旅館から、横浜のリゾートホテルに替えられていた。都会の息子と娘が考える楽しみの価値観は、田舎から出てきた両親とは大きくズレていたようで、親たち二人は予定の宿泊を繰り上げ、東京の滋子(志げ)の美容室に戻ってくる。しかし、その日は商店街の飲み会があるとのことで、二人は追い出され、宿無しになってしまうのだった。

「東京家族」に直接表現はされていなかったが、「東京物語」の中の三男敬三が繰り返す「墓に布団は着せられぬ」が主題になっていたようだ。

我が家では、滋賀に住む長男が昨年春に結婚した。人なつっこい性格の息子だったが、結婚を期によそよそしくなり、私たち夫婦の言うことにいちいち反発するようになった。映画の世界はまだいい。もし、私たちが息子たちの住むマンションを訪ねていったとしても「近くのホテルに泊まったら」といわれるのがオチだ。

下の息子は息子で、名古屋に勤め、一人節約してお金をためていると思ったら、いきなり数百万のスポーツカーを買ったのだという。妻に保険のことを電話してきたことでわかった。なんでそんなもったいないことを・・。そんなドラ息子に育ててつもりはない。

私とて、例外ではない。福井を離れず父母と同居しているが、父親の望んだ同じ教師の道を選ばず、父の得意な音楽も、球技も、そして雪吊りで使う男結びさえ引き継がず、詩や文学の世界に遊び、こうして文章を書いている。

今、4月下旬にY温泉で、父の米寿と母の傘寿超えのお祝い会を計画している。長男としてせめてもの罪滅ぼしだ。これが父母の気持ちに沿うかどうか、私の「東京物語」は行ってみて答えを出すことにしよう。

(やまうち かずじ)

2011年9月 6日 (火)

スーパー8/SUPER8

スーパー81965年にコダックから発売された家庭用8ミリビデオ。アメリカではスーパー8フェスティバルなるものが毎年開催されてもいて、多くの若者がこれを使って映画をつくっていたそうだ。

日本では富士フィルムのフジカシングル8の方が売れたようで、私の家に残っている8ミリフィルムもコダックではなく富士フィルムのものだ。手元にある一本を白壁に映してみると、車窓を流れる海山の景色は45年前も今もそうかわりはないが、民家や人の姿、髪型や着装の違いは大きい。それに加えて8ミリならではの間延びしたようなぼんやりしたような映像には心が和むようでもあり心が踊るようでもあり。

スーパー8』の舞台は1979年のオハイオ州。スーパー8でゾンビ映画をつくるのに一所懸命な6人の中学生と、エリア51から移送中に列車事故で町に放たれてしまったエイリアン、機密事でありながらも大がかりなエイリアン捕獲作戦を繰り広げるアメリカ空軍、この三つを絡ませたストーリーになっている。

20歳の開きはあるにせよ若い頃共にスーパー8を使って映画をつくっていたJ.JエイブラムスとS.スピルバーグ。有名になり不動の立場を築き上げた今だからこそつくりえた作品であるのだろう。手放しで素晴らしいとは言えないが、8ミリ映画をつくる仲間逹とさまざまな経験をする子ども逹の姿は、ハラハラさせられたりしながらも見ていて心地良いものがある。

子ども逹だけが集まって何かしている姿は親にとっては心配の種であり、グループの中の特に危険なひとりの名前を挙げて付き合うのをやめなさい、もっと普通のことをして楽しみなさい、環境を変えるために夏休みはキャンプに行きなさいなどといったことになってしまうのだが、いったんこうなってしまうと親子関係に亀裂が生じ、下手をすると一生尾を引く問題にもなることが多い。けれどこういった映画作品では、現実では一生かかっても修復できそうにない親子関係をわずか二時間で解きほぐしてくれるのである。

親子関係に限らずこういった解きほぐしがうまくいくかどうかが作品の良し悪しを決定するのは当たり前のことではあるがなかなか難しい。『スーパー8』では大きな事件に直面したときには小さなことには目をつむって手を組む必要が生じることと、反社会的に見える趣味が有事の時に役立つことがあることをうまく使って、良しとされる作品に仕上がっている。

アリス役エル.ファニングは6年前のスピルバーグ作品『宇宙戦争』の子役ダコタ.ファニングの妹である。日曜夜のレイトショー。観客は私を入れて二名。日曜の夜だから観客が少ないのかもしれないが、『スーパー8』の興業成績がイマイチだったとすれば、6年前の『宇宙戦争』が足を引っ張っているのではなかろうか。子役のダコタ.ファニングは良かったけれどトム.クルーズがだめだったのと、ただただ人間を食料にしていくだけのうどの大木的エイリアンに私たちは感情移入することができなかった。大阪の劇場で見ていて、S.スピルバーグに対してイラついたのを覚えている。

私はもともとS.スピルバーグが好きではない。なぜかというとあまり言いたくはないのだがその理由は『ジョーズ』にある。USJのアトラクションでジョーズの上半身がザバーと出てきてもなんの恐怖も感じないのだが、あの繊細なテーマ曲が流れてくるとそれだけで戦慄が走ってしまうのだ。海面下に潜むジョーズ、海中生物なのだからあたりまえのことなのだが、私は『ジョーズ』を見たあと海で泳げなくなってしまったのだ。

早朝浜辺を散歩していて海面を跳ねる鯵などを目にするとこれもまたこわい。ウミウシを踏んでまわって海を紫色に染めた昔の私はどこに行ってしまったのか。海が好きで毎日のようにザバザバとただただ泳いだ健康的な私はどこに行ってしまったのか。私に海への恐怖心を植え付けたS.スピルバーグを私が好きになれるわけがないのだ。

話はかなり横道にそれたが『スーパー8』をつくったJ.Jエイブラムスは私のお気に入りの監督である。なんといってもエイリアンの設定が素晴らしいのと人間というものをよく理解していることからくる安心感。派手な思い付きよりも納得できる緻密さが私の望むところである。