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2011年9月 5日 (月)

「港の街」からの贈り物 やまうち かずじ

妻が、親しくしている友人のT子さんにいいものを贈った。
T子さんは、卓球のダブルスを組む相手で、元気のかたまりの一方、やさしく、これまでこんなに心をゆるせるひとに会ったことはないという。近々還暦を迎えるとのことで妻はお祝いを考えていた。裕福なT子さんには「お金で買えるものをあげても喜んだりしない」と、選ぶのに大分迷っていたらしいのだが、我が家の座敷のテーブルの上にその答えを見つけた。

それは、三国町安島にアトリエをもつ、女流造形家Mさんから戴いたパンフラワーアートの置物だった。パンフラワーアートは、パンを粘土に針金などを芯にして草花などを作る繊細な造形として始まり、最近では専用の粘土で作るという。Mさんは、ご主人の転勤で滞在したドイツでこの技法を学んだとのこと。

この置物が我が家にやってきた経緯は次のようだ。彼女は高校の同級で、「五月の展示会」の誘いを受けていた私は、帰省した息子とちょっとのぞいてこようと、そのアトリエに立ち寄った。民家で、教室を兼ねるアトリエは、雄島をのぞむ駐車場から細い坂を登ったところにあった。玄関の戸を開けて中に入ると、数人の客と案内の人がいて、大広間にはMさん作の豪華絢爛な工芸花をはじめ、生徒さん達の作品が展示されていた。

二階に上がると部屋の隅に東日本大震災の募金箱が置いてある。息子が気前よく寄付をしたところ、それを聞いて奥から出てきたMさんが、お礼に「これをお母さんあげてね」ともらったのがその置物だった。手のひらサイズのそれは、木の葉の形をした陶器のうつわに本物とみまがう白椿と白梅の小枝が配置されていた。

 贈るのならこういう手作りの置物だと、妻は、さっそく私に電話するようせがんだ。次の休日、そのアトリエを訪れたのだが、見せてもらった作り置きの作品は淡色系で、どうも納得がいかない。赤が好きな人なので、「もっと赤いものはありませんか」ときくと、「それじゃあ、来週までに作りましょう」と申し出てくれた。

さて、一週間後、再びアトリエを訪れると、用意してくれたのは、額縁に咲かせた赤いバラ、数粒の青いブドウ、白いつぼみの小枝をあしらった見事な作品だった。
妻からの話によると、この額縁に入ったアートは大変気に入ってもらい、今、T子さん宅の玄関に飾ってあるという。

 詩人三好達治が仮寓の滞在地として選び、作家で詩人の高見順の生まれた「港の街」三国。かつて、北前船でにぎわい、人と物、そして文化の出入りした港。きっといまも目には見えぬ文化の風が、この「港の街」のそこここに吹き続けていて、詩人や作家、そして造形家にインスピレーションを与え続けているに違いない。
 

さて、話は変わるが、先日、「港の街」を舞台としたいい映画を見た。それは宮崎吾朗監督の「コクリコ坂から」である。スタジオ・ジブリの映画は、息子世代がこれを見て育った経緯もあり、映画館に行って見るには抵抗があった。「借りぐらしのアリエッティ」の時も、知人のN美から、「あなたは、観に行かないの」と言われ、おやじギャグで「そんなことアリエッティ(ありえない)」と返したぐらいだ。
 

観に行くことになったのは、手嶌葵の「さよならの夏」を聞いたことだったかもしれない。彼女の声は「ゲド戦記」の主題歌「テルーの唄」で聴き知っていたのだが、今回の歌もまたいい。とても透き通っていて、こころの中の失われたものを呼び覚ましてくれる。
 

港が見える高台の家コクリコ荘で、下宿人の賄いをしている十六歳の少女。彼女の名は海(メル)。毎朝、信号旗を上げる。船員だったお父さんの帰りを待つ思いか、上げる二つの旗「U」「W」の意味は「航行の安全を祈る」。その旗を船の上から見ていた少年。やがて二人は、高校の文化部の建物の取り壊しと存続の騒動の中で出あうことに。惹かれあうふたり。ふたりはお互いの父の過去を知り、兄妹だったのかもしれないと分かる。

「港の街」に行きかう人、セピア色の写真、ゆれる青春の想いが巧みに配置され、ほのぼのとした情感に浸った。

2011年7月 1日 (金)

映画を浴びて 2011年 6月号 

二つのギャング映画

やまうち かずじ

 

 映画に行こうと車を走らせていたら、ラジオから女性アナの会話する声が流れて来た。相手は福井県出身の俳優片山亨で、今回はルシファー役で映画に出演し、福井県出身の武井あいも出ているという。この映画なら知っている。確か、映画サークル四月号の表紙に紹介されていたギャングものだ。女性アナは、この映画の続編が、ルシファー主役で作成されるといいですねと言っている。私は、この手の暴力映画は好みでなく、二の足を踏んでいたのだが、福井県出身者が二人も出ているとなるとチョット見逃すわけにはいかない。と、当初予定の映画をやめ、車をUターンさせた。途中、ケイタイで上映時刻を確認すると、行くにはまだ少し早い。本屋に寄って時間をつぶし映画館に入った。ギャングといってもジョン・デリンジャー(映画「パブリック・エネミーズ」の主人公)のような銀行を襲う集団とは違い、ケンカ集団のことだった。しばらく観ていたが、お目当てのルシファー役の片山亨も武井あいもなかなか出てくる様子がない。二人とも駆けだしで、目立った役はもらえなかったのだろうか、後で出て来たウェイトレスが彼女だったのかとも思ってみる。そんな変な感じで観終わってしまった。

 納得せず家に戻り、映画サークルの表紙を見て、ようやく合点した。勘違いしていたのだ。私が見たのは佐藤隆太と上地雄輔、石原さとみが出た「漫才ギャング」で、二人(片山亨、武井あい)の出た映画は「ギャングスタ」だった。

「漫才ギャング」は、品川ヒロシ監督で、これが二作目だという。セリフにテンポがあって息をつかせない。さすが漫才出身の監督だ。軽妙なボケとツッコミの会話に景色が流れ、抱腹絶倒、涙を流して笑った。漫才の相方から一方的に解散を告げられ、やけになった飛夫(佐藤)は、トラブルに巻き込まれ留置所送りに・・・そこで同室になった刺青の男(上地)が飛夫の話に鋭いツッコミ。これがなかなかハンパでない。こりゃあイケルと漫才の相方を申し込み、グランプリをめざす。暴力シーンと漫才とがほどよく絡み合い、おかしさが増幅されていた。また、宮川大輔演ずる取り立て屋がしつこく、かつ暴力的で、観ている者までビビらせ、その後、佐藤の恋人役石原さとみの愛らしさが、ビビった私をほっとなごませてくれた。暴力と笑い、緊張と弛緩のバランスがこの映画をパンチのある作品にしているのだと思った。

 さて、日を改めて、仕事帰りに映画館に立ち寄り、ようやく「ギャングスタ」(川野浩司監督)を観ることができた。ギャングスタとは、ケンカに明け暮れるヤンキー高校・明王工業で頂上を制したものに与えられる称号だという。ストーリーは、ケンカがからきしダメな主人公川谷銀二(崎本大海)が、同じく新入生の白石力(久保田悠来)にお前はきっとギャングスタになれると話すところから展開する。私のお目当ての武井あいは、後半の見せ場となるシーンで、銀二たちと張り合う別の高校生グループの一人として登場した。銀二と戦う武井のキックは、メチャ速く、とてもかっこよく、まさに圧巻であった。後で、極真空手の道場の師範だと聞いたが、さすが。家に帰って、ネットで撮影後のインタビューを見ると、武井は初め「俳優さんのキレイな体と顔を傷つけてはいけない」と遠慮気味にキックしていたという。崎本から「気を使わないで本気で来ていいから」と言われてふっきれたという。その後の蹴りのスピードは二倍三倍になり、崎本は何度も飛んでくる恐怖のキックに絶句しながら演技したという。

映画の終盤、ルシファー役の片山は、少年刑務所帰りの「ギャングスタ」役で現れた。顔を帽子で隠す謎の人物で、出演シーンは短かった。これじゃあ片山亨かどうかもわからない。残念至極だ。私も、ラジオのアナウンサー同様思った。「こりゃあ絶対、原作者の新堂冬樹さんに続きを書いてもらわないと、ルシファーは浮かばれない。」と。学園もので保健室は出てくるが、授業風景のない映像が物語の空虚さをあおり、また、ギャングスタを目指す四天王のキャラクターが個性的で、劇画を印象付ける仕上がりになっていた。

2010年11月24日 (水)

2010年 11月 ~映画三題~

佐野なおみ

10月上映作品は「13人の刺客」に始まり「桜田門外の変」「雷桜」と幕末
ものが続いた。ついでにもう終わりそうだけれどNHK大河ドラマも「龍馬伝」。幕末ではないけれどちょっと変わりだねの「大奥」なんていう作品もあった。お江戸の時代は現代人に身近でありながら身分制度に違いあり、帯刀の侍あり、着衣にも違いありで私たちはなぜか興味本意な知識欲に掻き立てられてしまうのである。

「13人の刺客」は三池監督作品ということもあってある覚悟を持ってひとりで劇場に足を運んだ。三池監督の代表作だと思われる「殺し屋1」でイチ役大森南朋所持の、当たっただけで腕や脚が切り落とされてしまう鋭い刃物の飛び交うのが怖くて震え上がった覚えがあるからだ。何か思いがけない作り方で近々私たちを驚かせ喜ばせてくれるのは三池監督しかいないと予測していたので見に行かざるをえなかったが、別の意味で予想通りぐちゃぐちゃゴビゴビと目を背けたくなるようなシーンが多々あり、ラスト50分は切っても切っても足軽歩兵が現れて、あぁやはりここまでやるんだこの人はという感じがした。三池監督ならではの13人対300人。仕掛けで半数以上倒して「残り130!」と言ったあとも300人以上斬っていたような気がする。刀さばきを目で追うのに必死でかなり疲れはしたが私もしつこいところがあるのでもう一度観に行ってやっと理解は深まった。私の脳にはまだ学習能力があるということである。こう考えれば一日中同じ映画を上映していた頃ひまに任せてずっと映画館に居座っていた昔の作品をよく覚えていて、最近の作品を覚えていないのは当たり前のことなのである。さて13人のうち生き残ったのは13人目の刺客を除けば一人、新左衛門の甥の新六郎だけなのだが、新六郎と他の刺客との違いはただひとつ。待っている女がいるかいないかだけのことなのである。刺客達が敵を次々と倒していくうちに狂気の世界に足を踏み入れていく描きかたに加え、自国ではない戦地に赴き悲惨な戦いが終われば自分の住む奇妙に明るく平和な国に帰還してくるという現代の戦争事情にも通じるものがうまく表現されていて不思議な気がした。また、暴君に忠誠を尽くす鬼頭半兵衛役の市村正親は時代劇が初めてとは思えない身のこなしを見せており、松方弘樹が殺陣のプロ中のプロの演技で迫ってくるのに比しても見劣りはしなかった。市村正親は次のNHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国」にも明智光秀役で出演が決まっているので期待してしまう。

さらに、なんの気なしに観に行った「悪人」には本当に驚かされた。力のある俳優が持てる力を全開することの凄さを見せてくれた初めての作品である。俳優の力を引き出すのは監督の仕事である。李相日監督の淀みのない厳しい視線と構成力には賛辞を贈るしかないだろう。妻夫木演じる祐一はとても難しい役だったと思う。「ウォーターボーイズ」や「どろろ」は持ち前の運動神経と努力で監督や観客を納得させることができただろうがこれはそうはいかない。顔なしに徹するのも難しいがそれならば誰がやってもたいしてかわりがないということになってしまう。監督と衝突したとしても妻夫木は根性をだして祐一という若者に顔を持たせる努力をするべきだったのではないかと思う。

今日は最強無敵「エクスペンダブルズ」を観てきた。一緒に観ていたAさんは、男優にお金つかいすぎじゃないのか!とイライラしていた。確かに女優はお粗末な感じが漂っていたが、もしかするとこれはシルベスター・スタローンの趣味な
のかもよという話にもなった。日本人向けの超娯楽映画にはちがいなく、tool→cool→foolとアルファベット一文字かえて単語をつくる簡単な言葉遊びが入っていたり、ブダペストから仏陀とペスト(疫病)に分解してみたり、さらに薬でハイになってリーダーのいうことを聞かずに暴走するガンナーが最後更正に成功したり、お互いにカウンセリングをすすめあったり。でもやはり簡単に説明するならガンナー更正の物語ということになるのだろう。10月はDVDや映画チャンネルも含めれば20本以上観た気がする。映画の季節到来なのだろうか。

2010年10月 4日 (月)

2010年 10月 ~旅先の映画館~

旅先の映画館
FLOWERS ―フラワーズ― 命のバトン
かずじ・やまうち

チェックインをしようとフロントのある階でエレベータが開いた時、私は小さく叫んでしまった。「あちゃー、こりゃあ時間がかかる。」と。フロントは、一歩先に到着した外国人の団体客でいっぱいだったのだ。

その日、急な出張となった私は、乗ってきた高速バスを降り、夕暮れ迫る道路を横切って、そのホテルに入ったのだ。泊まりの出張で相手先との食事の予定がない時、私はたいてい一人で近くの居酒屋に立ち寄る。生ビールで一杯、地元の旨いものを食べるのである。太平洋側のこの町は、イワシやサンマの刺身が美味しく、この味は北陸では最近まで味わえなかった。その日も、そんなつもりで、早くチェックインを済ませて・・・と思っていたのだ。

言葉の壁があるのかフロントは手間取っている。待つ間にロビーを見て歩いた。いつもは、チェックインとチェックアウトで素通りしてしまうロビーだが、改めてみると、フロント横の壁に、絢爛な色彩を使った妖艶な女性の姿がデザインされていた。どこかで見たことのある絵だ。・・ああ、グスタフ・クリムト。確かオーストリアの画家。以前、通っていた絵画教室で、Sさんが「これがいいのよ」と言って見せてくれた本があった。

ソファーの横のマガジンラックに、地元のイベント案内や近隣の名所案内があり、手持無沙汰のついでに一つひとつ手に取って見た。一通り目を通して、フロントに目をやるが、まだ、終わりそうにない。こんどは、別館への通路のある側へ。すると、新聞や雑誌に混じり、一枚のA4版のチラシに目が止まった。それは、ホテル近くのショッピングセンター併設のシネコンの上映スケジュールであった。今晩、映画も悪くないな。「アイアンマン2」と「セックス・アンド・ザ・シティ2」は好みじゃないし、「プリンス・オブ・ペルシャ~時間の砂~」は福井で観た。観るのならの「FLOWERS ―フラワーズ―」(企画・製作総指揮 大貫卓也、監督 小泉徳宏)だ。福井の新聞でも紹介され、映画の中に越前市の箪笥が出てくるという。この越前箪笥は、スタッフが昭和初期の暮らしの再現のため探し当てたもので、この映画のために越前市タンス町通りの五軒が協力し、桐箪笥や長持、行李、鏡台などが貸し出されたという。

さて、料金は大人一人一八〇〇円。うーん、ちょっと・・・ここでは福井映画サークルの「会員特別優待券」は効かないし・・・と、半分あきらめかかったその時、一二〇〇円のレイトショーに気づいた。福井では、深夜の徘徊は家族からうとまれ、これまでレイトショーに行く機会はなかった。
ようやく空いたフロントで、チェックインを済ますと、スーパーに寄って寿司と缶ビールを買い、腹ごしらえ。映画館に向かった。ホールは六つあり、回廊をめぐるように一番奥へ。客は、カップルも含め、数人というところだ。

映画は、化粧品会社が特別協賛とあり、同社のブランドシャンプーTのCMに登場した女優六人がそれぞれ勢ぞろい。いずれも主演ができる豪華な面々だ。
昭和初期、親同士が決めた結婚にのぞむ凜(蒼井優)は、顔も知らない相手との結婚に戸惑い、式の当日、花嫁衣装のまま家を飛び出してしまう。追いかけてなだめる母。
昭和三十年代、凜の産んだ娘たちがそれぞれの人生を歩んでいた。長女の薫(竹内結子)は最愛の夫と死別し、思い出の中に生きる。次女の翠(田中麗奈)は、つきあっている相手からの突然のプロポーズに悩み、姉に相談する。時は経ち、三女彗(さと)(仲間由紀恵)は、二人目の子供を授かったが、医師から出産は難しいと宣告される。しかし、彼女は自分の命をかけてもこの子を産もうと決意する。

平成の現代、彗の長女、奏(かな)(鈴木京香)は、あこがれていたピアニストにはなれず、新人ピアニストの横で譜面をめくる日々、恋人とも別れることに・・そして妊娠に気づく。彗の命と引き換えに産まれた次女桂(けい)(広末涼子)は、平凡に家庭の主婦となり、かわいい男の子に恵まれ幸せな日々を送っている。

昭和初期から平成の現代へ、それぞれ、人生の場面でひたむきに生きる女性たち。懐かしく、また、いとおしいものを感じた。私の祖母や母もまた、結婚を決める時、きっと同じような葛藤を感じたのだろう、でも、それを乗り越え、強くたくましく生き、私へと命のバトンをつないでくれた。映画は、今の自分の存在の重さを改めて気づかせてくれた。

「わかるよ その気持ち・・・・わたしも通ってきたから 同じとこで つまずいて 泣いたから・・」主題歌「ねぇ」を歌うドリームズ・カム・トゥルーの吉田美和の声が心にしみた。
新聞で読んだ越前市の箪笥は、凜の花嫁行列に登場し、しずしずと歩む行列に、旧(ふる)き良き日本を見た。また、凜の嫁ぎ先の最寄りの駅は「西花堂」で、越前箪笥とともに旧き良き日本のモチーフとなっており、福井人である私は、感慨ひとしおであった。

2010年9月22日 (水)

2010年 9月号 ~袖触れ合う人々~

佐野 なおみ

 「袖すり合うも他生の縁」という諺がある。英語でも同じような意味でEven a chance acquaintance is decreed by destiny.(たまたま知り合うも運命による)という言い回しがある。そして、どういうわけかこういった諺はたいがい英文のほうが意味を理解しやすい。

Destiny、運命という言葉はいつのまにか巧妙に日本語の中に入り込んできて、人によってどう解釈するかは別として徐々に私たち日本人にもなじみの言葉となってきたのだ。
それに比べ、運命に対応する他生の縁という言葉は、タショウノエンと発音されることから多少の縁というように全く異なった意味に解してしまっている人が多いのに加え、タショウが多少ではなく他生なのだということがわかったにしても、いったいどれだけの人が他生という言葉の意味を解することができるのだろうか。諺が諺がとして定着としたということは、当時は広汎な地域で通用する言葉であったに違いない。他生は仏教語で、現世を今生と言うのに対し、前世と後世とを含めていう言葉だ。ここで気付くのが「袖すり合うも他生の縁」というのは、見知らぬ人と袖がちょっと触れ合うような些細なできごとでも、それは単なる偶然ではなくて全て前世からの因縁によるものだという意味なのだが、他生という言葉に前世の因縁などという意味は含まれてはいない。

つまり他生も間違いで、本当は多生。これも仏教語で、生き物の宿命として様々なものに何回も生まれ変わることをあらわすのだが、それにしてもこれはなんとやっかいな諺なのだろうか。その昔、多生の縁が他生の縁と間違って使われるようになり、今ではむしろ多少という言葉をあてたほうがしっくりいくような状況になってきてしまっている。輪廻、多生、今生と他生の存在が当たり前のこととして語られた時代が存在したということだけが揺るぎない事実として理解できるのである。ついでに、袖すり合うという表現は袖振り合うとも袖触れ合うとも使われ、微妙に意味が違ってくるようなこないような、いずれにせよ着る物に袂のなくなった現代社会ではつくりだされることのない言葉ではある。諺ひとつを例にとっても、私たちはまことにやっかいな時代に生きているような気がするのだがどうだろうか。先人の言葉を、現在とは状況が違うと知りながらも理解したいと願う人とそうでない人。出会いに何か深い理由を感じる人とそうでない人。
人との関わりの中で生きていける人とそうでない人。様々な人の姿を見るにつけ、いずれにせよ私たちはみな、重くて複雑すぎる脳に苦悩しているのではないかと思うときがある。
 
ゴキブリは一匹では生きていけないという話を聞いたことがあるだろうか。もちろん私の家の台所に、自然状態でゴキブリ一匹だけが棲息しているとは考えにくい。ゼロか多数のどちらかだろう。つまりこれはゴキブリを研究している実験室での話だ。仲間がどんなに近くにいても、透明なアクリル板などで仕切りをつくってしまうと、孤立したゴキブリは棲息条件がどんなに揃っていてもダメゴキブリになってしまうらしい。それが、アクリル板の一部分に羽と羽とが触れ合えるくらいの穴をあけてやると、それだけでダメゴキブリは普通のゴキブリになることができる。ゴキブリは仲間と羽を触れ合わせるだけで、ゴキブリとしてするべき行為を学び合うのだ。もちろんそうやって学び合えるのは原始的な行動だけであって、ゴキブリホイホイやホウ酸団子、コンバット等に近づかないようにといった行動規制をかけ合うことはできないようだが。
 
人間の脳にも、袖がすり合うだけで、人間として生きるべき道を開いてくれるようなスイッチがあればと願うのはわたしだけであろうか。
 
考えるべきことも、やるべきことも次々と出てくるだろう。朝昼夕の食事も、おやつの時間も楽しみだ。けれど、快適な家のトイレで水栓をひねるとき、ゴミ集積所にゴミ袋を置くとき、ホッとすると同時になんともやるせない気分になるのは私だけだろうか。
 
チリチリの砂浜に寝場所をつくって横たわるのが夏一番の幸せだから、八月はどうしても映画館から足が遠のいてしまう。それに加えて、八月封切の映画が少ない気がするのは私だけだろうか。