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2014年12月29日 (月)

散歩道 静かな映画

  少し難聴気味だということはわかっていたが、「ふしぎな岬の物語」を観に行ったとき台詞がよく聞こえなかったときはショックだった。モントリオール世界映画祭で、審査員特別グランプリなどを受賞したというから、観てみようかなと思って映画館へ行ったものの、映画のセリフがあまり聞こえなかったことに、いまだに私は落ち込んでいる。

まわりを見回すと、当然ながらみんな黙って観ている。「聞こえますか」と訊いてみたいのを堪えているうち、諦めた。全く聞こえないわけではないから、セリフをきちんと聴くことを諦めると、体の力も抜けて、椅子にゆったりともたれて、「マアいいや」と距離を置いた目で映画を眺めるようになった。

さて「ふしぎな岬の物語」は吉永小百合が演じる岬のカフェの女店主である悦子を軸に、ここに集う人たちや絆を描いているのだが、風景もカフェもとびきり美しいわけではなく、地味である。たいして客が来るわけでなく、経営が成り立つとは思えないけれど、この際これはいいのである。

さて、セリフが聞こえないと困るのが、人間関係がわからないことだ。悦子と阿部寛の役はどういう関係なの? とか、竹内結子演じる娘はなんで出てくるの? とか、疑問だらけである。それらを頭の奥に押しやってとにかく観る。

店主の悦子はいつも長いフレアースカートをはいてエプロンをしている。吉永小百合はもうすぐ七十歳になるはずだが、きれいだった。こんな衣装ばかりでは可哀そうと思っていたら、結婚式を手伝うことになった彼女が白っぽいいいスーツを着ていた。そうか、エプロン以外も用意してあったかと思う。汚い衣装の阿部寛もスーツを着るといい男になった。こんなふうに観ることになる。

悦子も他の人も何を言っているのかよくわからなかった「ふしぎな岬の物語」は、つましくて、温かい映画だということはわかった。笑福亭鶴瓶演じるタニさんが船で立つシーンは特によかった。岬に立ってタニさんに千切れるほど手を振っていた悦子が深々と長く頭を下げていた。手を振る行為にはさよならの意味はあっても感謝の心は表れない。それがよくわかった。悦子を見たタニさんも同じように頭を下げた。離れていく船。おだやかな海。小さくなるカフェと悦子。私の頬を流れるものがあった。もしセリフが全部聞こえていたら、このシーンにこれほどの感動はなかったかも知れない。セリフのよく聞こえない静かな映画も、よかったと思えた。(中島美千代)

2014年7月 7日 (月)

散歩道 女優・高峰秀子

子どものころから美しい女優が大好きだった。世の中にはなんであんなに綺麗な人がいるのだろうと不思議で仕方なかった。自分のまわりを見ると、ちょっと綺麗な人ならけっこういるが、女優ほどの人はいない。

 この間、友達が「女優・高峰秀子」という88ページの冊子を見せてくれた。東京の神保町シアターが5年前に、彼女の出演した42作品を上映したのを記念し、解説書として発行したものだ。解説を書いているのは川本三郎。この人の映画に関する文が好きなこともあって夢中で読んだ。解説はどれも短いけれど、映画と高峰秀子の魅力を存分に伝えていて、彼女の映画をあまり見てないのが悔しくなったほどだ。恋愛もの、喜劇、ホームドラマなど役柄は多彩である。

映画黄金時代、高峰秀子は私にはちょっと綺麗な女優さんだった。岸恵子や岡田茉莉子、岩下志麻や佐久間良子など、うっとりするような美しい女優がたくさんいて、ちょっと綺麗な高峰秀子には関心がなかったのだ。美しい女優は大人の魅力にも富んでいた。そんな女優の恋愛映画を観るのが大好きで、私は口紅を塗って大人のふりをし、校則違反を犯しながら映画館に通った。恋愛映画と口紅の効果は大きい。私は大人の恋愛に憧れ、ついには恋に恋する乙女になったのである。

 高峰秀子の映画を観たのは「名もなく貧しく美しく」が最初だ。まだ夫婦の情愛も理解できなかったが、世間の評判につられて観たのだった。高峰秀子は聾者で地味な主婦の役であった。物語もよかったし、彼女がきらきら輝いていて、これまでの映画とは違う感動があった。人は恋愛だけで生きているのではないという当たり前のことを考えた。しかし頭の隅には恋愛の炎が燃え盛っていた。

 さて、解説書には彼女の出演した映画が網羅してあって、写真も沢山ある。高峰秀子はいろんな役をこなした女優なのだなあと改めて思う。「二十四の瞳」、「浮雲」、「乱れる」を観たのはビデオのレンタルショップができてからである。どれもよかった。ことに「浮雲」は、不実な男と別れられない女の役がよかった。森雅之もその悪い男にぴったりであった。

解説書にはいくつもの場面があって、主人公に感情移入してしんみりしたのを思い出す。

映画全盛時代に活躍した女優をテレビでも見かけることはほとんどない。歳月は流れたのだ。若いころ、恋に恋した私も今は静かな心境である。だが、「女優・高峰秀子」を見ていたら歳月を巻き戻し、恋愛の甘さ、苦さを思い出した。

(中島美千代)

2014年4月11日 (金)

散歩道 映画音楽

この間、何かの本で、年を重ねてくると、先も知れているせいか、昔のことを懐かしむことが多くなったとあった。そういえば、若いときは今が大事で、ちょっと先のことしか考えなかった私も、よく昔のことを思いだすようになってきた。

 小学生のとき転校していった子はどうしているだろう。もう二度と会えない人たちもたくさんいるが、みんな何してるのかな。地味で目立たない存在だった私のことを、誰か思いだしてくれてるかしら。などと、やたら昔に出会った人を思いだす。だけど、まだ年をとったという自覚はあまりない。

 だけど最近は昭和という時代が懐かしい。映画「三丁目の夕日」を観てから特に「昭和」が気になるのだ。

 それでという訳ではないが、この間、通販で外国の映画音楽を集めたCDを買った。昭和30年代の映画黄金時代に観た洋画の主題歌に、今も魅せられているのである。CDには「バラ色の人生」、「ララのテーマ」、「魅惑の宵」など、私の好きな映画音楽がおさめられている。聴きながら名場面を思いだしていると、若かったころの仕事や生活、恋人や友人なども浮かんでくる。

あのころ、映画音楽は映画を離れても人々を魅了した。何しろ娯楽といえば映画である。主題歌はレコードになったし、ラジオからよく聞こえてきた。だから映画の余韻とともに心に残ったのだ。

さて、CDを買ってから、半月もたたないうちに通販業者が昭和の名曲集のカタログを送ってきた。つまり、映画黄金時代の主題歌が好きなら、昭和の流行歌も好きだろうと、業者は考えているようだ。私は昭和の音楽でも演歌は気分が沈むので興味がないし、ポピュラーソングもまとめて聴くと飽きてくる。だからカタログをさっと見ただけだった。

そのあとも次々に戦争映画や古い映画のカタログがくる。映画となると、懐かしいなあと思いながら隅々まで眺めてしまう。こういうのは昔を懐かしむようになった年配の人が買うのだろうと、他人事のように考えていた。だがあるとき、気がついた。つまり、私も昔を懐かしむ年代者のリストに入っているのだ。そうか、やはり年とったのか。

中島美千代

2014年2月11日 (火)

アカデミー賞で思いだすこと

  アカデミー賞のニュースが目につくようになると思い出すことがある。

もう5年前になるが、私が関係する豊地域に伝わる3つの民話を、短い映画に撮った。スタッフも役者も地域に住む素人ばかりであった。その作品を東京ビデオフェスティバルに応募したところ、1本が佳作に選ばれた。福井県から入賞したのは22年ぶりで、県内のいくつかのマスコミが大きく取り上げてくれた。

 受賞できたのはシナリがよかったとか(作者は私)、役者の演技が素晴らしいとか(役者を捜してきたのも私)、何か優れたものがあったからだと思っていた。だが取材を受けるうち、マスコミの人から入賞の理由を知らされた。フェスティバルの主催者は、各マスコミに受賞の理由を明かして報道を要請していたのだ。

 さて、受賞の理由は、地域に伝わる民話を映像で残したのがよかったというものだ。これを聞いて、入賞の喜びで膨らんでいた胸が少ししぼんだ。芸術性はなかったのか。作品そのものに、魅力はなかったのかと。

 そのうち、マアいいか。みんなが喜んでくれるのだから、と思いなおした。時はアカデミー賞にノミネートされた作品が、テレビのニュースで流れるころであった。そこで、祝賀会のアトラクションとして、1回きりの豊アカデミー賞を創設することを思いついた。賞をあげたい人が二人いた。主役でも脇役というほどでもない、火葬場のまわりで幽霊の衣装を着て踊ってくれた女性である。薄暗い杉木立ちに囲まれて建つ朽ちかけた火葬場。そのまわりを白い衣装と、頭に三角布をつけてゆっくり踊る老女たち。幻想的な場面として、なくてはならなかった。

 撮影が終わったとき、彼女たちは言った。「今度はドザエモンでもいいから、もっと出番がほしい」と。どんな役でも演じるのは面白いようだ。

 祝賀会当日、会場が盛り上がっているところで、いよいよ豊アカデミー賞の授与である。役者さん一人ひとりを紹介し、発表である。誰が受賞するのか一部の人しか知らない。発表するのは3作品の監督だ。おどけたふりで封筒に鋏を入れる。役者さんたちは緊張と期待のまなざしで見つめている。お祝いにかけつけてくれた人たちも息をつめている。

 さあ、発表。監督に呼ばれた女優さんは、両手で胸を抑えながら、レンタルで借りた赤い絨毯を踏んで舞台へくる。「豊アカデミー賞女優賞」と、二段に刻んだ盾を受け取っても、感想も言えないほどびっくりしていた。

 祝賀会が終わってから、二人の女優さんは「こんな嬉しいことはない。死んだらこの盾を棺おけに入れてもらう」と口をそろえて言った。アカデミー賞の発表があるころになると、決まって思いだす。「ドザエモンでもいいから、もっと出番がほしい」。ドザエモンの役もなく、彼女たちの女優体験は終ってしまった。だが、一生のうちの点のような時間を女優として生きたことは楽しかったのだろう。素人映画も悪くない。アカデミー賞発表のころになると、彼女たちの幽霊の踊りを思い出す。

(中島美千代)





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2013年12月18日 (水)

名画を思い出すとき

テレビを見ていると、番組の合間にその時々の季節にふさわしい画面が現れるときがある。春なら満開の桜花だったり、真夏には太陽の光を受けて輝く青い海だったりする。見慣れた風景のようでありながら、その美しさは季節の恵みのようで、しばし心を奪われて見とれるのである。

 それらの映像はまた、かつて観た映画の名場面を思い出させてくれるときがある。たとえば真夏の外国の海が映ると、私の中で「太陽がいっぱい」の音楽が流れだす。そして野心に燃える冷徹な青年トムを演じたアラン・ドロンが浮かんでくる。友人を殺し、その友人になりすまそうと、繰り返しサインの練習をする場面を、私は息を詰めて観ていたのだった。トムの完全犯罪は成功するのだろうかと、どきどきしながら。くわえ煙草は男を、さらに男っぽく見せるものなのだと感心しながら。こんな青年なら悪い男とわかっていても夢中になってみたいと思いながら。

地中海に照りつける強烈な太陽。きらめく太陽と青い海が、トムの哀しみと対比してきれいだった。

そして広大なひまわり畑が映ると、その畑の中からソフィア・ローレンが現れるような気がする。イタリア映画「ひまわり」の一場面だ。

戦場から戻らない夫を探してソ連にやってきたジョバンナ(ローレン)が立ち寄ったひまわり畑は、スペインのアンダルシァ地方で撮影されたものらしい。ロケ地はともかく、大輪のひまわりが咲く広大な畑の明るいこと。その中を地味な装いのジョバンナが歩く。やがて彼女は、夫には新しい妻がいることを知る。

私が最も感動したのは、夫と出会う場面だ。仕事を終えて帰って来る夫を駅で待つ。だが夫を見た瞬間、その電車に飛び乗ってしまう。

通路に座り込んでさめざめと泣くジョバンナ。意志の強い、ちょっとやそっとではへこたれないような役柄だからこそ、驚いた。あんな女の人でも泣くのだと。そのころの私は若かったから、恋に傷ついても泣くものかと心に決めていた。だけど、ジョバンナの涙を見た時、泣いてもいいのだと思った。

その後、夫がソ連から訪ねて来ても、ジョバンナは心を動かすことはなかった。だからこそ、電車の中で座り込んで涙を流した彼女が忘れられない。

輝く青い海も、ひまわりも、若いころの私を魅了した映画を思い出させる。幸か不幸か、私はトムのような男とめぐりあわなかったし、ジョバンナのような哀しみも経験することはなかった。だが私はあのころ、映画の中で束の間の他人の人生を味わっていたのだ。

中島美千代